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2016年2月14日 (日)

マイケル-ドレアック5



トンプソンのプロデビューは鮮烈だった。スカイウォーカーの名に恥じないトンプソンの華やかなプレイは多くのファンの足をアリーナに運ばせ、ナゲッツの総観客動員数は前年1974‐75シーズンの約28万人から1975-76シーズン55万人と、ほぼ2倍という驚異的な伸びを見せた。成績も申し分なく、1年目から平均26.0得点(リーグ3位)6.3リバウンドを記録して当然のように新人王を受賞する[2]とモンスターハートビーツBeats イヤホン ソロに、オールABA2ndチームにも名を連ねた。さらにオールスターゲームでは29得点[2]8リバウンドをあげてルーキーにしてオールスターMVPに輝いている。またこのオールスターでは初めてスラムダンクコンテストが開催され彼は空中で360度ターンするダンクを見せて[3]決勝まで進みトンプソンとABAの大スター、ジュリアス-アービングとで争われたが、アービングのレーンアップ(フリースローラインから踏み切ってのダンク)の前に惜しくも初代スラムダンク王の座は逃している。ナゲッツは前年からラリー-ブラウンがヘッドコーチに就任しており、そしてこの年にはトンプソンにセンターのダン-イッセルという2人の名選手が加わり、60勝24敗という好成績を記録。プレーオフも勝ち抜いてチーム史上初のファイナルに進出するが、トンプソンの前に再びアービングが立ちはだかり、ナゲッツはアービングのニューヨーク-ネッツの前に2勝4敗で敗退した。

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